五三短律句事始め

はじめに

汝(なんじ) 奢(おご)ること なかれ

 「汝自身を知れ」。これはデルポイのアポロン宮殿の入り口に刻まれている有名な古代ギリシャの格言です。宮殿に入る者に「お前は神ではない。人間なのだ。このことをよくわきまえて決して奢ってはならない」と戒めた言葉だそうです。

 ソクラテスがこの格言を座右の銘にしていたことはよく知られています。この言葉は、彼の「自己の無知」を知るための哲学的反省の出発点であり、彼の哲学的対話活動の生涯にわたる通底音をなしていました。このことは、拙著『サティ 気づけば変わる 釈迦の精神療法』や『禅マインドフル・サポート実践法の提言について』で詳しく取り上げています。

 ソクラテスは、ソフィストを「何も知らないのに、何でも知っているかのように知ったかぶりをする輩(やから)」となじり、それに比べて自分は「何も知らないことを知っている」から世界で一番の賢者なのだと言ったと伝えられています。本当にソクラテスがそう言ったかどうか真実はわかりません。おそらく「ソクラテス神話」なのでしょう。なぜなら、ソクラテスは「無知の知」を深く自覚した真に謙虚な人だったに違いないからです。私たち凡人はソクラテスと違って「知らないことを知らない」から何でも知っているかのように思い違いをして奢り高ぶるのです。

 

 話は飛びますが、それにしても、さすが!大谷のことです。米大リーグのMVP受賞決定の瞬間です。喜びを爆発して飛び上がるでもなく、拳(こぶし)を突き上げるでもなく、犬をなでながらとても謙虚にたんたんと感謝の気持ちを語っていました。アメリカのプロボクサーは、パフォーマンスとはいえ、醜いほど自分の強さを奢り、相手をけなします。これに対して、日本の相撲の力士は勝ってもガッツポーズをすることは決してありません。

 謙譲は日本人の美徳なのです。