いかがでしたか?

 駄作です。理屈っぽい教訓的な格言や標語みたいなものばかりです。これが「五三短律句」か、と思い違いしないでください。ただ三・五・三の言葉遊びを例示しまでのことです。五三を基調とした定型句でも何がしかのことが表現できることを理解していただければ、それで十分です。

 詩や句は、見たまま、聞いたまま、感じたままを言葉にすることが大切だといわれます。しかし、それが単なる個人的な体験だけでは、人に何かを感じさせることはできません。最近、家族旅行で山口県の湯田温泉で遊んできました。土産に名物の外郎(ういろう)を買いました。そこで、

 

湯田で 外郎を 買った

 

 確かに、三・五・三ではあります。外郎を買ったのも事実です。でもこれではちょっと。「それは よかったね」というだけのことです。ただ事実を言葉にしただけでは五三短律句とはいえません。

 もっと普遍的な誰の心の奥にも潜んでいる、生きる悲しみや苦しみ、辛さ、虚しさ、孤独、あるいは愛のせつなさ、やるせなさ、よろこびといった人生の機微に触れたものでなければ、人の心を打つことはできません。ただそれがあまりにも表に出過ぎるとダサクなります。

 温田温泉の帰りに門司のレトロ街に寄りました。その日はあいにく朝から小雨模様で傘をさしての散策でした。幸い途中から雨が上がり、見上げると雲間に青空が広がって、鳶が一羽悠然と舞っていました。そのとき詠ったのが、はじめにで冒頭に例示した「鳶(とび)が 雨上がる 空に」です。この句も見たままの経験ではありますが、何かを感じさせます。島崎藤村が「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」に故郷を離れてさまよう自分の人生の憂いを重ねて「故郷の岸を離れて汝(なれ)はそも波に幾月」と詩にしたのと同じです。鳶は自分の仮託であり、「雨上がる」からには、上がる前は雨が降っていたに違いありません。人生の雨風です。

 相田みつをの詩のなかでもっとも禅的な思想を反映したものの一つが例の「雨の日は」です。誰でも知っている詩です。みつをの解説によりますと、「雨の日には、雨を、そのまま全面的に受け入れて、雨の中を雨と共に生きる。風の日には、風の中を、風と一緒に生きてゆく」という意味です。何も特別のことではなく、ごくあたりまえの生き方です。人間誰しもそうとしか生きようはありません。私は拙著『人生 ご破算で願いましては ゼロと空の生き方』の中で、雨の日は雨に成り切って雨をゼロ化し、風の日は風に成り切って風を無化するという言い方をしました。

 こうして雨や風を凌(しの)いでいると、いつか穏やかな晴れの日が訪れます。人生の雨が上がるのです。そして空に一羽の鳶がゆうぜんと舞っている、最初の句には、そんな情景が誰の心にも浮かびます。

 その点、古今の名作はさすがです。

 長い伝統をもつ短歌や俳句はいうまでもなく、感じたままを自由に表現する非定型の自由律俳句にも人生を感じさせるすぐれた句がたくさんあります。自由律俳句を代表する俳人に尾崎放哉や種田山頭火らがいます。

 現在もまだ山頭火ブームが続いていて、大勢の山頭火ファンがいます。私もその一人です。彼に関する本は夥しく出版されています。そのなかの数冊を読んだだけの知識で申し訳ありません。それによると、彼は四十歳を過ぎて出家得度した曹洞宗の禅僧です。四十四歳のとき、若くして自殺した母親の位牌を抱いて、解くすべもない苦しみを背負いながら乞食放浪(こつじきほうろう)の旅に出ました。彼は、これは「業だ、カルマだ」と自分に言い聞かせながら、一笠一枚、一鉢を手に生涯ただひたすら歩きつづけます。

 山頭火は、一方では子どものような純粋無垢の澄んだ心を持っていた半面、他方では禅僧でありながら、酒に溺れ女につまずくどうしようもない愚かな破壊僧でした。このことは彼自身よく自覚していて、つねに自責の念に駆られていました。「澄む水の流れつつ濁る」ような人生で、おそらく生涯「濁れるままに澄むこともなく」ただ放浪しつづけざるを得なかったのでしょう。澄と濁、迷と悟の両極端を揺れ動いたのが山頭火の生き方の特徴だったといわれています。

 彼の行乞(ぎょうこつ)の一歩一歩はまさに歩行禅と呼ぶにふさわしいものでした。その一歩一歩からあの珠玉の一句一句が生まれたのです。彼の詠む句には、どうしようもない孤独の淋しさが詠嘆(えいたん)されています。それが山頭火ファンの心の琴線に触れるのです。

 山頭火研究の第一人者である村上護によりますと、山頭火は日記に「一句は一句だけの身心脱落である」と書いているそうです。村上は、「禅僧としての山頭火にとって、禅で言う一歩は一歩の身心脱落であり、一句は一句の脱落身心ではあるまいか」と解釈し、ここに山頭火の禅僧としての道と俳人としての道が一つにとけ合っている、と言っています。

 山頭火に限らず、誰が詠む句にも、どうしようもなくその人のあり方や生き方が現れるものです。それが人の心を打つのでしょう。

 「すべての言葉にはそれを言った人がいる」と言った人がいます。オートポイエーシス理論の創始者の一人マトゥラーナです。同じ言葉でも、それを誰が言ったかでその重みはまったく異なります。先の「湯田で 外郎を 買った」にしても、私が言っても別段何てことありませんが、もし、あの大谷選手が言ったとすると、まったく別の特別な意味をつことになります。

 それでは五三短律句ではどうでしょうか。三・五・三の定型句で心の琴線に触れるような言葉を紡ぎ出すことはできないものでしょうか。それは、放哉や山頭火の句が示してくれているように、けっして難解な言葉ではなく、誰もがふつうに使っている平易な言葉であるに違いありません。その一言で、「そうだよなぁ」と自分の人生を深く振り返らせてくれるような言葉です。でも、それは途轍(とてつ)もなく困難な作業です。放哉や山頭火のような言葉に対する天賦の才に恵まれた人でないと不可能なことなのかもしれません。要は、詩想があるかないかの問題です。

 そんな高尚なことはさておき、五三短律句は私たちのような凡庸な人間が誰でも気軽に楽しめる言葉遊びを提案しているのです。愚作をご覧になって、そんなことなら私にもできると安心されたでしょう。ぜひ、ご一緒に言葉遊びを楽しみましょう。私には無理でも、そのうち誰かがすごい五三短律句を詠んでくれるかもしれません。

 「鳶が鷹を生む」ことになれば、これに過ぎたる喜びはありません。